会社で恋しちゃダメですか?
「お嬢さん、乗って」
社長が手招きする。
園子はなんだか信じられない気持ちのまま、後部座席に腰を下ろした。革張りのシートに、ほのかに香水の香りが漂う。横を見ると、本当に社長が座ってる。園子は目をこすった。
「お嬢さんに会うのは、これで二度目かな」
社長が言った。「銀座のカフェで一回と、パーティで一回」
園子は驚いた。二回目のパーティはともかく、最初の喫茶店でこそこそしていたのも知っていたとは。結局山科にも見つかったし、園子は探偵には向いていないってことなのだろう。
「よく覚えていらっしゃいますね」
「人の顔を覚えるのは、ビジネスの場では必要なことですから」
抱いていた印象と違う。もっと横暴で高慢な感じだったのに、今日は穏やかだ。
白髪まじりの髪に、金縁の眼鏡。スーツはどう見てもフルオーダーで、タイピンとカフスはお揃いのゴールド。腕にはゴールドのロレックス。いかにも金持ち趣味というスタイルなのに、なぜか嫌みがない。上品だ。TSUBAKIの小さなバッチがスーツの襟に留められていた。
車が静かに走り出す。運転手はどこに向かうのか分かっているようで、一言も口をきかない。静かに都内の一般道を走り続けた。
しばらく社長は黙り込む。気軽に話しかけたりできない雰囲気の人なので、園子は黙るしかない。無言で窓の外を眺めた。暗いビル群を抜けて、少し明るい銀座へと出る。それでも車は止まる気配がない。そのまま湾岸の埋め立て地へと向かった。
再び夜の力が強い場所。まだ開発途中の土地だけあって、高い建物はほとんどない。広大な土地と、工事区域。
その一角で、車はゆっくりと停車した。