会社で恋しちゃダメですか?


園子は震えてしまう声をなんとか振り絞って「あおいさんとの結婚は、山科家の得になりますか?」と訊ねた。


社長が目を細める。眼鏡の後ろの瞳が冷たく光った。


「あの女は、自分で輝きたい女だ。一時的な得はあるだろうが、達也のためにはならん」


それから社長が笑みを見せる。


その瞬間、園子は社長と山科がとても似ていることに気づいた。眼鏡や身長、それから物腰や雰囲気で、似ても似つかないと思っていたが、確かに二人は親子なのだ。


「送ろうか。遅くまで付き合わせて悪かったな」


再び高級車に乗り込み、園子のアパートまで送ってくれた。銅像や肖像画が飾ってあるような豪邸に住んでいる人にしてみれば、園子のアパートは安っぽくぼろぼろに見えるだろう。


とても、社長の望むものを、差し出せない。
自分には何もない。
ごく普通の、リストラ間近の、会社員。


「送ってくださりありがとうございました」
ぽつんとついた街灯の下で、園子は頭を下げた。


社長は軽く頷くと、静かに車は走り出した。住宅街の狭い道を、車がどんどん小さくなる。


ガチガチに緊張していた肩の力が抜ける。とたんに目の奥がずんずんと痛くなってきた。


山科に相談しようか考えて、思いとどまる。


「考えて、お嬢さん」
社長の言葉が耳に残っている。


とにかくまずは、自分で真剣に考えてみよう。
どうすることが一番いいのか。


園子は夜空を見上げ、深く息を吸い込んだ。

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