会社で恋しちゃダメですか?
眼鏡をかけた有能そうな女性秘書に案内されて、社長室へと向かう。グレーの絨毯。塵一つ落ちていない。左の壁がすべて大きな窓の廊下は、端っこを歩くとそのまま落っこちてしまいそうなくらい、空との境目がなかった。
園子は目の前を歩く山科の背中をみつめて、気持ちをふるいたたせた。
秘書がノックを二回する。
重厚な木の扉を開き「竹永コスメティックスの山科様がお見えです」と声をかけた。
「入れ」
社長の声が聞こえる。
山科と園子は、社長室へと入って行った。
広い部屋。園子のアパートを二つくっつけても、まだ足りないくらいの面積。廊下と同様、左手は一面ガラス張りで、銀座の町並みが一望できた。
手前に応接セット。高級そうなソファに、ガラスのテーブル。
奥に大きなデスク。
そして社長が座っていた。
園子は緊張のあまり、何度も息を吸い込む。
デスクの上には、不思議なことにコンピュータがない。まっすぐに置かれた厚手の手帳と、万年筆。それのみ。
窓と反対側の棚には、スポンサーをしているスポーツ選手との写真、たくさんの賞状やトロフィー。そして、社長が工場のようなところを、皇后陛下に案内しているところのような、写真。勲章。
「四万人の人生を背負うことができないのなら、今すぐ達也から身を引いてほしい」
社長の言葉に実感が湧いてくる。あまりにも世界が違いすぎている。園子は恐怖で目の前が真っ白になった。