会社で恋しちゃダメですか?
「社長であるわたしが聞かなきゃいけない話か?」
社長が言う。
「はい」
山科が頷く。
「くだらんことなら、すぐに切るからな」
「はい」
山科は手元の資料を、社長のデスクにのせる。
「竹永コスメティックスについてです」
「それはわかっとる。それで?」
社長が資料をめくりながら、読み始めた。
「TSUBAKI が竹永を買収したのは、商品が欲しかったからです。会社が欲しい訳じゃなかった」
「ああ。あんな企業価値の低い会社は、いらん」
「竹永を見たところ、優秀な社員は思いのほか、多数いました。竹永の社員でいることに、愛着も感じているようでした」
社長がそこで目をあげる。「くだらん情で動くのは、馬鹿がやることだぞ」
「いいえ、情だけではありません。資料の末尾にあるデータを見てください」
社長が再び資料に目を落とす。
「TSUBAKI化粧品のような大手の化粧品を好まない消費者がいます。それは年々売り上げを伸ばしているTSUBAKIであってさえも、その層を開拓することはできていません。アンケートを取ったところ、価格や品質の問題ではない。ブランドへの嫌悪感があるようです。商品うんぬんではなく「TSUBAKIの商品は買いたくない」というユーザーです」
社長が「ふん」と鼻をならす。
「もちろんTSUBAKIの今後の課題として、そういったユーザーに対する啓蒙も必要かと思われますが、すぐの利益にはなりません」
山科が声を大きくする。
「これまで、買収した企業の商品には、TSUBAKI のロゴを入れて販売する形をとってきました。ですが、この購買層へのアプローチとして、TSUBAKIの名を絶対的に伏せて、別企業として売るという方法をご提案させていただきたいのです。第一段階として、竹永コスメティックスのクリームを竹永の名を残して売る」