会社で恋しちゃダメですか?
唇を離して、山科が首を傾げる。「誰?」
山科は立ち上がり、玄関の方へと出向く。扉を開ける音。それから「あおい」と驚いた声が聞こえた。
園子も驚いてソファから立ち上がる。そっと玄関の方をのぞいてみた。
「あ、池山さん」
あおいがはつらつとした笑顔を見せる。タンクトップにスリムジーンズ。飾らない服だけれど、余計に彼女の輝きが引き立っていた。
「わたし、引っ越すの」
あおいが言った。「パリに行くわ」
「そうか」
山科が静かにそう返事をした。
あおいは笑みをたたえながら、山科と園子を見つめる。それから「認めてもらったみたいね」と言った。
「ああ」
「よかったわ」
「あおい……」
山科が言葉につまった。
「あの馬鹿社長の言うことは、正しかった。わたしは自分で輝きたい人なのね。あのとき引き裂かれなかったとしても、いつかはあなたの側から旅立っただろうと思う」
あおいが少しうつむく。
「達也のこと、取り戻したくてたまらなかったけれど、考えてみればあの父親を負かしたい、認められたい、その気持ちの方がつよかった気がするわ」
それから園子を顔をあげてみる。
「でも、やっぱり隣の部屋でいちゃいちゃされると腹が立つから」
あおいが笑う。「思い切って、遠くに行くことに決めた。呼んでくれる事務所もあるし、わたし、もっと、有名になるから」