会社で恋しちゃダメですか?
「部長……」
「おつかいを頼んで、もうとっくに会社に帰ってるはずだよね」
「……すみません」
園子はうつむいた。
山科はふうと大きく溜息をつくと「聞いた?」と言った。
「はい、あの……聞きました」
「誰にもしゃべらないでくれ」
「隠し通すんですか?」
「せっかくオフィスになじんで来たところで、素性がばれてしまえば監督者だと思われる」
「でも、監督者なんですよね。わたしたちをだましてるんですよね」
園子は思わず口にだした。先ほどの言葉が忘れられない。社員を切り捨てるために、この人は派遣されてきた。
「これはビジネスなんだ」
山科は言った。感情をなくした人のように、真っ平らな言葉に聞こえた。
「でも……」
「僕の指示に従うっていうのが、池山さんの仕事。不服があったら言ってもいい。でも要求が通るとは限らないよ」
山科が言った。
「ひどい。信頼を裏切ってるんですよ」
園子は口惜しくて、手を思わず握りしめる。
「池山さんって」
山科が興味深そうな声を出す。
「池山さんって、劇的に鈍いのに、しっかり芯はあるんだね。こんな風に食い込んで来たり、しない女性かと思った」
「……どういう意味ですか?」
「うん、まあ、意外だなって、思ったから」
山科は軽く微笑むと「かえろっか」と園子を促す。それから、一瞬、園子の顔を見て「マスク似合ってるよ」と言った。