会社で恋しちゃダメですか?
田中専務は背筋を伸ばして、営業部全体を見回す。
それから話だした。
「きみたちも、不安な一夜を過ごしたと思う。正直、この会社が今後どうなっていくのか、まったく分からない。けれど、わたしたちは目の前のやるべきことを、しっかりやって行こう。そうすれば、正しく評価されるはずだ」
田中専務は自分の演説に酔ったように「うん」と頷いた。それから「山科部長」とパーテーションの後ろへ声をかける。
グレーのビジネススーツを着た男性が出てきた。歳は三十前半だろう。
長身でスタイルがいい。艶のある黒髪に、二重の瞳。通った鼻筋。
古くカビ臭いこのオフィスとは、違う世界から来た人。
「昨日採用になった、山科達也だ。部長職として、この営業部を改革してもらう」
営業部がざわついた。部長にしては、あまりにも若い。明らかに年長の社員は、驚きの中に不愉快な表情を浮かべた。
田中専務は、不服そうな面々をなだめるように、困ったような顔をしてみせる。
「親会社である TSUBAKI化粧品 から、売り上げの向上を指示されているんだ。このままでは、わたしたちは竹永コスメティックの社員でいられなくなるかもしれない。彼、山科くんは……」
田中専務がちらりと隣の山科部長を見る。
「以前努めていた会社でも、かなりの実績をあげたやり手だ。このピンチをチャンスにして、新しい体勢で挑んでほしい」