会社で恋しちゃダメですか?
席に座ると、紀子が椅子をころころと引っ張って、隣へ寄ってきた。
「部長となんの話?」
「仕事の話」
「ほんと?」
「本当だよ、なんで?」
園子がスプリングコートを脱ぎ、鞄をしまって、コンピュータを立ち上げる、その間中ずっと、紀子は「部長とどうだった?」としか聞いてこない。
「だから、朝ご飯ごちそうになって、帰って来ただけだよ」
「ええ、そうなの? つまんなーい」
紀子は椅子をがたがたいわせる。
「今から、全力出してもいい?」
話の終わらない紀子を遮って、園子はそう訊ねた。午前中のうちにデータを送らなくてはならない。
「そうだ、仕事しなくちゃ」
紀子も思いついたように、手を叩く。それからカタカタとタイプを打ち始める。園子もえいっと気合いを入れて、コンピュータに向かった。
気づくと、時計の針はすでに十一時すぎ。午前中いっぱい、集中して仕事をしていた。
データを山科に送信し終わると、園子はぐるりと首を回す。いつのまにか喉もカラカラだ。園子は立ち上がると、うーんと伸びをする。それから自分のマグにコーヒーをつぎに立ち上がった。
春の始まり。灰色のオフィスも、日差しが入れば暖かくなる。その光の帯の中に、ふわふわと埃が舞っているのが見えた。
マグを手にもち、満足した気持ちでオフィスを眺めていると、後ろから頭をポンと叩かれた。振り向くと山科がいる。
「データありがとう。今から社長室に行ってくるから」
「はい」
園子は両手でマグを包みながら、頷いた。
オフィスを出て行く、グレーの背広を着た背中。改めて見ると、背がずいぶん高い。ドアを出るとき、ちらっとこちらを見ると、笑顔を見せた。
きっとうまくいく。
園子はそう確信しながら、席に戻った。