会社で恋しちゃダメですか?
もし、あの時、上を見上げてたら。
覗き込む男と、目が合ってしまっていたら。
目の前がぐるぐるとしだした。冷や汗が背中を流れる。壁にしがみつこうとしたが、すべってうまくいかない。
「見られた……わたし……いや……」
涙が込み上げる。
「おいで」
山科が崩れ落ちそうになる園子を抱きしめる。
「もう、大丈夫だ。大丈夫だよ」
頭を優しくなでる。
園子は無意識に山科の腕をぎゅっと掴んだ。
ワイシャツから暖かな体温。
ほのかな男の人の香り。
「山本」
頭の上から、山科がそう言う声が聞こえる。
振り向くと、コンビニの袋をぶら下げた朋生が、驚いたような顔をして、こちらを見ていた。
「山本、警察」
なおも園子を優しく抱きしめながら、山科が言った。
「警察?」
ぽかんとした顔をして、朋生が答える。
「覗きだ」
「えっ、園子っ、大丈夫か?」
朋生がコンビニの袋をガサガサ揺らしながら、駆け寄って来た。
「うん、大丈夫。のぞかれただけだから」
園子はなんとか自分を取り戻し、懸命にそう言った。
「ちくしょー、このビル古すぎるんだ。セキュリティもあったもんじゃない」
朋生の顔が怒りで赤くなる。
「ぜってー、つかまえてやる」
朋生はポケットから携帯を取り出すと、110番にかけようとする。
園子はあわてて、山科の腕の中から飛び出した。両手で携帯を掴む。
「おい、なんだよ」朋生が驚く。
「駄目、電話しちゃ」
「なんでだよ」
「だって、ばれたら、これまでの努力が無駄になっちゃうっ!」
「そうか……」
朋生が自分の携帯を見つめ、つぶやく。
山科は園子をみつめて「いいのか?」と訊ねた。
園子は頷く。
「そちらの方が大事です」
山科はしばらく園子を見つめ、それから「わかった」と頷いた。
「これから、池山さんの単独行動はなし、な」
「トイレも付き合うから」
朋生が胸を張って言う。
そんな様子に、園子のぴりぴりしていた心が、ほぐれていく。
「なんだか、それも嫌だな」
園子は笑って朋生に言った。