会社で恋しちゃダメですか?
ミルクと砂糖を用意して、人数分のカップを棚から取り出す。忙しくしていないと、山科の顔をちゃんとみなくてはならなくなる。コーヒーのフタを開けて、スプーンを入れようとしたそのとき、山科の気配がまたさらに近くなるのがわかった。思わず振り返ろうとしたが、そのまま後ろから山科に腕を回された。
「えっ」
スプーンをシンクに取り落とす。
園子の後頭部に山科の頬が軽く当たっているのが分かる。肩を掴む手は大きくて、力が入っていた。
「あ、あの……」
園子は大パニックに陥った。
しばらく後ろから抱かれたまま、園子は身動き一つできない。山科もずっと無言だ。
それほど長い時間ではないはずなのに、永遠とも思える無音の時の流れ。
山科の唇が後頭部にあたる。
びくっと園子は身体を震わせた。
山科が「……まいったな」とつぶやく。暖かい呼気を頭に感じると、痺れに似た感覚が全身を走り抜けた。
それから山科は、ぱっと腕を放し、園子を解放した。
園子はよろめく身体を、シンクに手をついて支える。振り返ると山科が申し訳なさそうな顔をしているのが見えた。
「悪かった。忘れてくれ……五分後、会議再開する」
そう言ってバツが悪いような顔をして、給湯室を出て行いった。
ポットからお湯が沸く音がする。
園子は力が抜けて、床にへたり込んだ。
今のはどういうこと?
『まいった』って、どういう意味?
それに忘れてくれって……。
園子はしばらく動くことができなかった。