会社で恋しちゃダメですか?
ビジネスホテルの一階にコンビニがある。でもそれ以外は、山と暗闇。そんな場所だった。フロントのオレンジ色の電気を見ると、園子はほっとする。都会育ちの園子には、この闇はちょっとした恐怖なのだ。
「予約をした山科です」
「はい、お待ちしておりました」
フロントの眼鏡のおじさんは、そう言いながら宿泊帳を差し出した。
「ダブルを一部屋でございますね」
園子は言われて「ん?」と首をかしげる。それから事態を突然把握した。
「二部屋ないんですか?」
園子は受付のテーブルに飛びついて、大きな声で訊ねた。
「申し訳ございません。あいにく本日はこのお部屋一つしか空いておりませんでした」
おじさんが表面的な謝罪をして、頭を軽く下げる。
「僕はホテルでなくとも、どこででも過ごせるから。池山さんはこちらにとまりなさい」
山科は当然という顔で、そう伝える。
「どこでも?」
園子はホテルの窓の外を見つめる。
真っ暗だ。
「こんなに真っ暗なところ、どこで過ごすっていうんです?」
「まあ、どこでも……僕は男だし」
「そんな、やめてください。わたしもじゃあ、外で過ごします」
「何いってんだ」
「だって、部長を野宿させるなんてこと、できませんっ」
園子は必死に抵抗した。山科が困った顔をする。
「お客様」
おそるおそるという感じで、フロントのおじさんが声をかけてきた。
「お部屋、いかがなさいますか? 今夜は新幹線の事故のため、お部屋のお問い合わせが多いんです」
泊まらないなら、すぐにそう言ってくれ、と言わんばかりの口調。
山科はがんとして首を縦に振らない園子を見て、あきらめたような溜息をついた。
「泊まります。二人」
そう言った。