会社で恋しちゃダメですか?


山科はパンをちぎると、口にほおばる。それから「みんな断ってる」と言った。


ほっとする自分に嫌気がさして、園子はうつむく。


「今は、誰かと結婚するつもりはないんだ」
山科は言った。


一緒に暮らしていた女性を忘れていない。


園子の胸に、ふたたびもやもやとした固まりが広がってくる。園子は泣きたくなったが、ぐっと堪えて「デザート買っちゃいました」と笑顔を見せる。


「シュークリーム、半分いかがですか?」
「もらう」
山科はうれしそうに手を出して来た。


園子はシュークリームを半分に割った。とろとろのカスタードクリームが、指の中からこぼれそうになる。


「どうぞっ、あ、落ちちゃうっ」
山科の手が、とっさにシュークリームを包もうと延びた。


指が、園子の指に一瞬触れる。


「あっ」
園子は思わず手を引いてしまった。山科も手を引く。


白いシーツの上に、無惨なシュークリーム。


二人でそのかわいそうなシュークリームを見つめ、それから溜息とともに情けない笑みがこぼれた。


「俺、なにやってんだろう」
山科は指についたクリームを舐めて、それから髪をかきあげる。両手をベッドについて、天井を見上げた。


園子も「わたしも本当に、すみません」そう言った。言いながらも、胸のドキドキが止められない。かすかな指先の感触を、頭の中で何度もなぞる。


「シャワー、お先にどうぞ」
「じゃあ、もうらおうかな」


二人の間に広がる、どうしようもなくぎこちない空気。山科がバスルームに消えると、園子はほっと肩の力を抜いた。

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