会社で恋しちゃダメですか?


腕を掴まれて、園子は引き寄せられた。密着するまではないかない、触れるか触れないかぐらいの、微妙な距離。


園子は身体がカチコチで、うつぶせになってシーツに顔を埋める。恥ずかしくて、山科の顔が見られない。きっと顔が真っ赤になっているはずだ。


「そんなに緊張するなよ。こっちの方が緊張してくるじゃないか」
山科の声が耳のすぐ近くで聞こえてくる。


「部下には手を出さないから、心配するな」
山科はそう言うと、園子と同じように腹這いになった。


園子はおそるおそる顔を上げる。山科は手をのばして、ナイトランプをつけた。暖かな色の輪がシーツの上に広がって、山科の顔がよく見える。洗いたての黒髪。顎から首にかけてのライン。ほおづえをついたその指は、長くて男性の手のようには見えなかった。


「眠れないから、寝るのやめようか」
山科がからかうように言う。「しゃべっていれば、そのうち夜も明けるさ」


「池山さんは、どうしてこの会社に入社したんだ?」
山科が訊ねる。


「採用試験に受かったからです」
園子は正直に答える。「他は全滅でした」


「そうか」
「特に『これがやりたい!』っていうものもなかったんです。みんなが就職してるから、わたしも就職しなくちゃっていう感じで」
「じゃあ、結婚したら辞めるつもり?」


山科にそう言われて、園子は「考えたこともありませんでした」とつぶやく。実際、先のことをじっくり考えたことなどなかったからだ。


「……でも今、仕事が楽しいです」
園子は言った。「入社以来はじめて、楽しいって感じています」

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