会社で恋しちゃダメですか?


園子の言葉に、山科の表情が柔らかくなる。その顔を見ているだけで、園子の胸がぽっと暖かくなった。


「部長は? TSUBAKI に入社したかったんですか?」
園子が訊ねると、山科は頭を枕にうずめる。顔を園子に向けて、おどけたような顔をしてみせた。


「入社したくなんか、なかったよ」
「そうなんですか?」
「ずっと逃げたかった。実際逃げ出そうともしたんだ」
山科が目を閉じる。


あ、まつげ、思ったより長い。


「家出したんですか?」
園子が訊ねると「それに近いかな」と山科が答える。


「アメリカの大学に行って、そのまま日本には帰らないつもりだった」
「そうだったんですか」
「そう。あんなに自由で、豊かな時間は、もう経験できないだろうな」
「どうして、帰って来ちゃったんですか?」
園子はそう訊ねてから、深く立ち居入りすぎたかなと後悔する。けれど山科は気を悪くする様子も見せず「父親が『帰ってこい』と言ったから」と答えた。


「なんだか、偉そうなお父様ですものね」
園子はそう口にして、最高に失礼なことを言ったと、あわてて口をつぐんだ。


「偉そうだろ? ほんと、ドラマ顔負けのすごい家だよ、山科家は」
「へえ」
「家に父親の肖像画と銅像があるんだぜ」
「うそ」
「ほんと。応接室に虎の敷物があって」
「え? 虎?」
「そう、虎。牙ついてんの。昔それでよく遊んだな」


園子には想像がつかない。銅像のある家って、どんな家?

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