会社で恋しちゃダメですか?
彼女がいてもおかしくない。年齢も年齢だし、仕事ができて、家柄もいい。
だから「忘れてくれ」って、言ったんだ。
彼女がいるから。
園子はトイレの個室で「そっか」と声に出して言った。壁にもたれて、頭の中でぐちゃぐちゃになっているいろいろな記憶を、山科の怒った顔、難しい顔、考えてる顔、それから園子を見て笑った、その笑顔の記憶を消してしまおうと考えて……。
園子は手を握りしめる。
園子の目が真っ赤になった。
忘れられない。
記憶も。
感情も。
消したりできない。
園子は溢れてくる涙をぐっと堪えて、トイレから出た。始業時間は過ぎてる。早く戻らないといけない。
目尻に溜まった涙を指でぬぐいながら、廊下をとぼとぼと歩いていると、後ろから「おはよう」と声がかかった。振り向くと山科が立っている。
「え?」
山科が驚きの声をあげる。
園子はあわてて目をこすった。
「どうした?」
「なんでもありません」
山科が近づく。
「なんでもありませんっ」
園子はそう叫ぶと、廊下をオフィスへと駆けもどろうとする。その瞬間、山科が腕をぐっと掴んだ。
「ほんとどうしたんだよ」
「……なんでもないんです。大丈夫です」
「大丈夫って……じゃあなんで泣いてる?」
「泣いてませんっ」
「目が真っ赤じゃないか」
「部長の気のせいですから、ご心配はいりませんっ」
園子は力一杯腕を振り切った。
山科が呆気にとられるのを尻目に、園子は廊下を走って非常階段へと逃げ出した。