会社で恋しちゃダメですか?
非常階段の踊り場で、太陽であたたまった風にふかれながら、社会人として部下として、自分のしていることが最低なような気がして落ち込んだ。
「部長にあたっちゃった」
パンプスのつまさきで、金属製の階段をカンカンとならす。錆び付いた手すりにつっぷして、なんとか気持ちを切り替えようと試みた。
古いビルが立ち並ぶ界隈。壁は雨で汚れ、路地裏にはゴミが落ちている。園子は「はあ」と溜息をついた。
すると金属製の重い扉がガチャッと開き、山科が非常階段へと出てきた。
園子は再びダッシュしたくなったが、山科の仕事の信頼を裏切るようなことをこれ以上したくなかった。園子は目をごしごしと手の甲でこすり、山科に向かって深く頭を下げる。
「先ほどは失礼いたしました。すぐに仕事に戻ります」
「池山さん、何があった?」
山科は園子の隣に並んで立つ。風が吹いて、山科の髪がふわりと持ち上がった。
「俺……いや、僕のせいだったら、謝ります」
「ちがいます」
園子は即座に首を振った。彼女がいると知ったから泣いていたなんて、そんな恥ずかしいこと言えるわけがない。
「そう……」
山科が納得いかない様子で、園子に視線をそそいだ。
「部長、明日の祝日、ご在宅ですか?」
園子は訊ねた。
「あ、うん。後半の連休は出社予定だから、家ですごそうかと思ってたけど」
「ドレスを」
園子はつかえるように言葉を発する。
「ドレスを、お返しにあがりたいんです」
「あれは」
山科がいいかけるのを、園子は「いいえ」と遮る。
「お返ししたいんです」
強く言った。
山科の存在を自分から消してしまおう。
最初はつらいかもしれないが、そのうち、忘れることができるはず。
山科は園子の言葉の強さに、ぐっと言葉を飲み込む。それから「わかった」と頷いた。