会社で恋しちゃダメですか?
「上司として尊敬はしてますけれど、それだけですから」
園子はそういって、コーヒーを一口飲んだ。
心臓が、肺が、すべてが、悲鳴をあげている。
園子の中で、泣き叫んでいる。
山科が少し表情を曇らせる。あおいは山科をちらりと見ると、話を続けた。
「わたしたちは、昔一緒に暮らしてたの」
「おい」
山科がとがめる。
「でも別れた」
あおいがクッキーをその細い指でつまんだ。小さく割って、口に入れる。
「後悔してる」
あおいが言った。
「あおい、今日はもう、帰れよ」
山科が堪らず、そう言った。
「ええ、なんで?」
あおいはにっこりと笑って、コーヒーを一口飲む。
「彼女は関係ないから」
山科が言うと、あおいから笑顔が消えた。
「わたし、帰ります」
園子は苦しくて、席を立った。
「そう?」
あおいは再び笑みを取り戻すと「またね」と手を振る。
山科が「駅まで送るよ」と席を立とうとするのを、園子は首を振って拒否した。
逃げたい。
ただそれだけ。
園子は鞄を掴むと「失礼しました」と言って、部屋を後にする。マンションのエントランスを出ると、園子は堪えていた涙が溢れて来た。
わかっていたことだけれど、死ぬほど辛い。
園子はそのまま振り返らず、駅まで走りぬけた。