『特別』になりたくて
「っ……お手洗い、行ってきます」
「えっ、それならあたしも」

 
九條君が変なこと言うから、二人を見ていられなくなって適当な口実と共に立ち上がる。
お手洗いなんて、全くの嘘だけど、火照ったこの顔をどうにか冷ましたかった。
だから瑞姫の言葉に返事をすることもなく、廊下へと飛び出す。

顔が体が凄く熱くて鼓動もも激しい。私はどうしちゃったんだろう。
あんな言葉一つでこんなに調子が狂うなんて。


「駄目だなぁ……」

 
勉強中にこんな気持ちになって、逃げ出して。
一体どうすると言うんだろう。今頃瑞姫達変に思ってるよね……最悪だよ。

溜息が出そうになるのを何とかこらえて、廊下の隅に腰をおろす。
そうして腕で膝を抱えて顔を埋めれば、少しだけ落ち着く気がした。

今戻っても気まずいだけだし、体調が悪くて部屋に戻ったって後で瑞姫にメールしよう……それで解決のはず。


「嫉妬なんかじゃないよ、きっと」


だって会長とは数えるほどしか話したこともないし、好きになるなんてそんなの……有り得ないよ。
そう思うのに、思いたいのに考える間もしきりなく鼓動は鳴り続けて……まるで、私が会長を好きなんだと肯定してる様にも聞こえてきた。


「私はー……」


それ以上は言葉にならなかった。
言わなくても気付いてしまったから。
こんなにも鼓動が五月蝿くて、あの場を逃げ出したのは紛れもなく九條君に指摘された通り、会長を好きだからだと。


「……部屋へ戻ろう」

 
自覚してしまったら、余計に顔の熱が上がった気がする。
試験前だというのにこれは非常に良くないことで、そう思っているのに頬が緩んでいるのが自分でも分かる。

瑞姫だけ残してきて、それは申し訳なく思うけどーー今はこの熱に身を委ねたい気分だった。
だから戻り際、一言だけメールを送る。


『急に抜けてごめんね、今度埋め合わせはするから……明日は頑張ろうね』

 
送信、と。試験前の午後二十時過ぎ、突然芽生えたこの気持ちに戸惑いを隠せなかった。
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