もう、きっと君と恋は始まっていた
『ね、ボート乗ろうよ?』
奈々はそう言って、由樹君の手を引いて、ボート乗り場へと駆けていく。
崇人は私の手に自分の手を絡ませて、そして私の隣で、歩みを進める。
そして、ボート乗り場に着いた私たちは、奈々と由樹君、わたしと崇人の組み合わせでボートに乗り込んだ。
崇人はオールを漕ぎ、大きな池のど真ん中までボートを進めた。
『この間、ここに来た時は桜が満開だったよね?
もう桜が散り始めて…でもまだ綺麗な景色だね』
私がそう言うと、崇人はオールを漕ぐ手を止めて、私の顔をいつになく真面目な顔をして見つめてきた。
『…どうしたの?』
『あのさ……ダサいこと聞いていい?』
崇人は怖いくらいの、緊張を帯びた顔で、私に問いかける。
『……うん?』
私の返事に、崇人は一度俯き、そして再び顔を上げる。
『知佳はさ…
いつから俺の事、好き、だった…?』
…いつから……。
『具体的にいつ、それは分からないけど。
でも、一つだけ言えるのは、きっと崇人が“一緒にいよう”って言ってくれた、あの時から、崇人に恋、してたのかも』
きっと、いつとは具体的には言えない。
でも、一つだけ言えるのは、あの失恋の苦しみから救いだしてくれた崇人は、私の苦しい日々を変えてくれた。
『…………なんだよ。
だったら、“別れよ”とか言うんじゃなかった……』
崇人は少し怒った顔で、そう言って、そっぽを向いてしまった。
『え…他に好きな人がいるから…じゃなかったの?』
『ばーか。
お前が由樹のことしか見てなかったから、俺が由樹を想ってるお前の傍にいるのが辛かったから、だよ』
この人はどうやら、本当に私のことを想っていてくれたみたい…。
私はその事実に、崇人の言葉を胸に抱きしめる。
『今は由樹のこと、なんとも思ってねーの…?』
すこし寂しそうに、そう問いかける崇人に、また笑ってほしくて。
私はそっと体を動かして、そして崇人の唇に自分の唇をあてた。
『……へ……?』
崇人の戸惑いの声が、春の優しい風と共に、私の耳に届く。