もう、きっと君と恋は始まっていた




『ね、崇人?
 ごめんね?』


私は未だ遠ざかっていくボートを見つめている崇人に声をかけた。




『は?』


崇人は私の方に視線を戻して、そう聞き返してくる。





『だから、“ごめん”って言ったの』




『なんだよ、知佳が謝るとか怖いんですけど?』


崇人は両手を交差させて、腕を掴み、怯える格好を見せながら、そう言った。





『私、崇人と付き合うことで、崇人が私を助けてくれたように、私も崇人のこと、助けてあげたかったんだ…。
 でも、私は全然ダメだった、何も崇人にしてあげれなかったね…ごめん…』




私、

崇人があの時、“一緒にいよう”そう言ってくれて、あのどん底の恋から這い上がらせてくれた。


崇人が手を差し伸べてくれたから、だから私はあの恋を終わらせることが出来た。




でも、私は……




『知佳は癒してくれたよ。
 知佳が癒してくれた。
 だから、俺は前に進もうと思った』


そんな私を余所に、崇人はそう言って、再びオールを漕ぎ始めた。




『奈々と向き合うチャンスだからさ、この間みたく何も行動をしてないのに、諦めるのだけでは俺、いや、だからさ…』







由樹君、ほらね?


崇人の心には、いつも奈々だけだよ?






『そっか…私でも役に立てて良かった』




『サンキューな、知佳』


崇人はそう言って、その場で優しく笑った。


でも、その優しい顔が、私の胸に鈍い痛みを与える。






ありがとう、そう言われた。

本当は言われて嬉しい言葉なのに。

嬉しいと素直に喜べない“ありがとう”を言われたのは初めてだった。







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