神の造物
「時が来たのだよ。今、彼女を必要としている者がいる。それ以上の答えがあるか」
 目が。瞳が、いつもの師匠と違う。赤く光っていた。こんなの、師匠じゃない。
「パミラ!」
 ソラが声を上げた時には、遅かった。師匠が人差し指でパミラの額を小さく突くと、パミラはその場に屈折れた。催眠の魔法だ。パミラの体を受け止める師匠。ソラの、伸ばした手は届かず、空しく宙を掻くだけだった。兵士に阻まれて、それ以上前に進むことが出来ない。涙が頬を伝った。どうして、こんな理不尽なこと。張り裂けるほど叫びたかった。声にならない呻きだけが漏れた。
「その少年は殺すな」
 師匠は並み居る兵士に指示を出すと、パミラを抱え港に向かった。港には帝国の飛空挺が停泊している。ソラは兵士に鳩尾を打たれ、気絶した。気絶する寸前、師匠を追うことができない自分に歯噛みした。

 この世界には大きく分けて三つの大陸がある。一つは、一番大きな大陸で、最下層に浮遊しているゲルネモ大陸だ。此処には世界最大と目されている国、イグネスティア帝国が版図を広げている。他にいくつか小国が点在していたが、飲み込まれるのも時間の問題だろう。二番目に大きな大陸はゲルネモ大陸の直ぐ上、やや離れた位置に浮いているモスティーン大陸だ。ゲルネモ大陸が第一階層だとすると、モスティーン大陸は第二階層に当たる。ゲルネモ、モスティーン両大陸のさらに上には小列島が点在している。上に行けば行くほど空気が希薄になり、住み難くなっている。人が住んでいるのは五階層までだ。それより高度にある島々は、寒い上に空気が薄く、とても人の住める所ではない。
 その小列島の一つに、パミラとソラが住む空中都市アデルがあった。
 その空中都市の港に、大型の飛空挺が停泊している。帝国の、双頭の鷲が描かれた盾の上で剣を交差させている紋章が刻まれたボディは、威風堂々としていた。戦艦クラスの飛空挺だ。大きさは、舳先から船尾まで五千四百五十八ヤードはある。
 その戦艦の一室に、師匠が乗っていた。丸窓から、今、自分が後にしようとしている空中都市を悲しげに眺めている。
「これがおまえの為なのだ。悪く思わないでくれ」
 そう、誰とも無しに呟くと、後ろを振り向いた。視線の先には、ベッドに横たえられているパミラがあった。彼女を視線の中に取り込んで、静かに微笑む。
 やがて、出港準備を終えた戦艦はゆっくりと港を出て行った。
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