杉下家、姉弟の平和な日常
視線を落として、俺の裾を掴んで元来た道を戻ろうとする姉の足を止める。
「ケイコには謝ってきたから。今は俺より、姉ちゃんのこと。剛さんと仲直りしろって。電話しろよ」
「電源切ってる」
「早く起動しろって」
「何でよ」
「何でもいいから。姉ちゃんが連絡しないなら俺がする」
「やめて。なんでアンタが連絡するのよ」
自分の携帯を取り出して剛さんの連絡先を探す。
逃がさないように掴んだ片方の手は力を緩めないまま、電話を阻止しようとする姉に背中を向ける。
『俊也くん?!由梨絵ちゃん知らない?』
ワンコールですぐに出た剛さんは、挨拶もせず慌てた様子。
ほら見ろ、姉ちゃんが勝手に閉じこもってるのだ。
「捕獲してます。剛さん今どこにいます?」
「私は動物じゃない!コラ飼い主に逆らうな!」
どっちが動物なんだかわからない姉の乱暴な手を背中に感じながら場所を伝えてくれる剛さんは俺たちのいる同じ駅の違う出口にいるらしい。
最初から剛さんとのデートの予定だったのに、突然ドタキャンして俺を呼び出していたようだ。
「知らない。今日のデートキャンセルって言ったもの。勝手に来た剛が悪いじゃない」
「姉ちゃん、それないわぁ」
一応杉下家の一番一般的な感覚を持っていると自負している俺は、肩越しに暴れる姉を見やる。
剛さんに5分もかからずそちらに着くことを伝え待っててもらう。
「ほら、これ以上剛さん待たせんな」
「いーやー」
今まで何度も似たようなやりとりをしたような気がして、俺はぐったりと疲れを感じた。