I先輩
 


玄関で靴を履きながら、先輩が言った。



「ちあきと、何かあった?」

「え?」



そう聞かれると、何も…なかったわけじゃない

けど…



「…何も、ないですよ?」



とっさに、そう言ってしまっていた。



「ん、そっかぁ」



先輩はそう言うと笑ってわたしの前に左手を差し出した。

わたしはその手を少し遠慮がちに握った。



「あ、そういえばさっき電話したんだけどさぁ、電源切ってた?」

「あっ、本当ですか?
気付かなかったです」

「…そっか!」



本当のことを言えばいいのに、なぜか言えなくて…

先輩はさっきみたいに笑ってたけど

一瞬、つないでいた先輩の手が、少しだけゆるんだ気がした。


< 119 / 152 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop