白いジャージリターンズ~先生と私と空~
ガチャ……
「鍵、閉めちゃったぁ」
懐かしいやんちゃな笑顔。
「ふふ。悪い先生」
先生は、あの頃と何も変わってないんだ。
変わってしまっていたのは私だけ。
「お?カーテン閉めたの、誰だぁ?」
「先生じゃないの?」
「ああ、俺じゃない。他の先生だな」
薄暗い音楽室の中、ベートーベンの視線を感じながら、そっとキスをした。
戻るね、あの頃に。
矢沢直。
先生が好きで好きで仕方ない、女子高生。
先生の姿をいつも目で追ってて、先生が他の女の子と話してると嫉妬で苦しくて……
独り占めしたくて。
先生のことばかり考えてて……
白いジャージ姿の背中を見つけて、体中が喜んで。
すれ違う時は心臓が口から出そうになって。
『矢沢、おはよ』
そんな一言に一日中ドキドキが止まらなくて。
『どした?』
私が悩んでいるといつも気付いてくれたね。
好きで好きで、もうたまらなく大好きで、仕方なくて……
どんなに遠くからでも先生を見つけられる。
寝ぐせのついた髪、そり残したひげ。
半袖から覗くたくましい腕。
朝礼で眠そうにあくびする姿。
今もはっきり覚えてる。
あの片思いの時間は、私にとって宝物のよう。
両想いになってからの方が長いのに、あの片思いの切ない想いは、特別で。
忘れちゃいけないなって思うんだ。
「先生、私、あの頃から先生にずっと恋してる」
「ここに来ると思い出す。お前を好きな気持ちをどうしていいかわからなかった頃のこと」
別れも経験した。
そして、強くなった。
卒業までの日々、会えなくても私達は愛を信じることができた。
「俺も、ずっと恋してるよ。廊下で俺を待つ直を探してしまう」
「やっぱり、高校って特別な場所だね」
「ほんと、世話の焼ける生徒だったな」
先生はクスっと笑って、私の頭に手をのせた。
「プールサボるし、廊下走るし、授業中俺のこと見つめてくるし」
「ふふふふ。授業真剣に聞いてただけだよ」
「直の視線だけは違ってた。好きになんかならないって毎日自分に言い聞かせてた」
遠い昔を見るような目で先生はカーテンから差し込む光の方向を見ていた。