残念御曹司の恋
木下玲奈(きのしたれいな)は、同じハウスメーカーに勤める同僚だ。
同期入社で年齢も同じ。
今年で仲良く揃って三十路を迎える。
とはいっても、彼女は営業職ではない。
うちの会社は、基本的に営業の担当者が設計から内装まで全ての打ち合わせを行うが、希望があれば壁紙や建具、照明などのプランニングをインテリアコーディネーターに相談することができるシステムになっている。
木下はそんなインテリアコーディネーターの一人で、日々モデルハウスや、客の自宅を渡り歩いている。
「山田さんから、お褒めの言葉もらっちゃった~」
事務所に入ってくるなり木下が俺に見せびらかしてきたのは、引き渡し後に回答してもらうことになっているお客様アンケートのコピーだ。
たぶん、木下の名前が書かれていたから、本部から直接送られたものだろう。
「あ、そういや、お礼言ってたぞ。」
「その顔、聞かなかったことにしたのね。相変わらず、小さい男ね。」
わざとらしくトボケてみれば、相手は鼻で笑ってから、俺に向けて悪態をついた。
「小さくて結構だよ。はいはい、どうせ俺は木下さんみたいなセンスがありませんからね。」
「あら、拗ねちゃった?」
俺は新入社員で入った頃から、この内装のプランニングがどうしても苦手だった。
建物の設計や構造については、とことん勉強していて、誰よりも客の要望に応えられる自信があるが、内装のことになると、無難なものしか提案できない。
そのため、壁紙は白一色、建具も定番のものでプランニングしてしまい、山田夫妻のようにインテリアにこだわりを持つ顧客には不満をもたれることが多かった。
「シンプルな内装にしておけば、飽きることも無いだろう?何十年も住むんだから。」
「つまらないわね。わざわざ自由設計の家建てるんだから、個性を出さなきゃ勿体ないわ。今度からは、もっと早めに相談しなさいよ。」
小さなプライドから、ぎりぎりまでインテリア事業部に相談することを躊躇っていたことを指摘されて、俺は黙った。
「ほんとに他の仕事は嫌みなくらい出来るのにね。」
「ほっとけ。どうせ、つまらない男だよ。」
「分かってるならちゃんと、私たちを活用しなさい。変なプライド捨てて。」
自覚があるだけに、言い返せない。
敏腕営業マンと呼ばれ、常に営業成績もトップの俺にこんなだめ出しをするのは、この女しかいない。