残念御曹司の恋
「結ばれるべき相手…か。」

その日の夜、BAR OKIのカウンターで一人で酒を飲んでいた。
店は空いていて、マスターは先ほどから暇そうにグラスを拭いているため、俺はいつものように他愛もない話をマスターに向けて呟いていた。
そのうちに酔いが回ってきたのか、気づけば今日の昼間の三枝さんとの話をマスターに打ち明けていた。

「自分ではなかなか気づかないもんだよ。後からよく考えてみて、あの時の女がそうだったと気づくとか、よく聞く話だ。」

マスターが少しだけ、苦い笑みを作った。

「ひょっとして、マスターも経験あり?」
「まあ、そうだな。だから、この歳まで独り身な訳だ。」

確かにマスターは独身だ。
五十代に差し掛かろうという年齢の彼だが、未だに立ち姿は若々しく、身なりにもかなり気を遣っているから、まだまだ本気になれば十分にモテるだろうと思う。

だけど、浮いた話一つなく今日も淡々とカウンターの中でシェイカーを振り、客の話に耳を傾ける。
それは、単に恋愛や結婚に興味が無いのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

「忘れられないという訳じゃない。だけど、大事な女を逃したと気づいてから、もう他の女と結婚しようと思わなくなったのは事実だな。」

そう呟いたマスターの目が、懐かしそうに細められる。
その女のことを思い出しているのか、今までに見たこともないような穏やかな笑みだ。

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