残念御曹司の恋
「女はそうでも無いらしいけど、男の記憶は上書き保存が出来ないらしい。いつまでも、胸の中に居座り続ける。」
「思い出は都合良く美化されるから。」

俺にだって心当たりはいくつかある。
ただ、マスターのように一生後悔するような大事な女にはまだ会ったことがないのだと思う。

「だからさ。」

マスターが手元の動作を止めて、まっすぐに俺の方を見る。

「僕と同じ過ちは犯してほしくないなと思って、時々客の相談に乗ってる。」

そう言って、何か言いたげに視線を送ってくる。

「俺が、今、逃しかかってるとでも言いたいわけ?心当たりは全くないけど。」

軽く笑い飛ばせば、マスターの視線は再び手元のグラスに注がれる。

「言ったろ。自分じゃ分からないって。」
「ご忠告どうも。頑張って運命の相手を探してみるよ。」
「分からない振りをするのは自由だけど、いつまでもチャンスがあるわけじゃない。彼女にだっていろいろ事情はあるからね。」

意味深に笑うマスターから目を逸らせば、浮かんでくるのはたった一人の女の顔で。
マスターが誰のことを言っているのか分かっているのに、その答えは俺の中でとても納得出来るものではなかった。

あいつだけは、絶対にない。

静かに首を振りその可能性を打ち消すと、俺はまたマスターに他愛もない話を持ちかけた。
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