残念御曹司の恋
恥ずかしさのあまり顔をあげられないままでいると、背後から彼女がふわりと抱きついてきた。

「嬉しかった。ありがとう。」

静かに言ったその一言に、俺は前に回された彼女の手を握りしめて答える。

「頼むから、俺のそばから居なくなるなよ。」
「それ、もしかして愛の告白?」
「好きなように取れよ。」

照れくさくてはっきり言葉には出来なかったけれど、振り返って彼女の唇にもう一度キスを落とした。
唇を話すと彼女がにっこり笑って言う。

「せっかくだから、今から手つないでマスターに報告しにいく?」
「そうだな…って、あ、俺飲み代払ってないわ。」
「じゃあ、すぐに行かなきゃね。」

彼女は、部屋着のワンピースの上からパーカーを羽織って、洗い上がりの髪を器用に一つに纏める。
白い綺麗な項が見えた途端に、ガキみたいに欲情した。

「やっぱ、明日でいいよ。このままベッドいこ。」

もう、完全に出かける気なんてなくなった俺は甘く囁く。
しかし、木下玲奈にそんなものは通用するはずもなく。

「いやよ、無銭飲食する恋人なんてまっぴらゴメンだわ。」

ぴしゃりと言って、俺を突き放す。

「ま、どのみち今晩は泊まるから俺はどっちでもいいけど。お預けされた分だけ、我慢きかないから。覚悟しとけよ。」

俺も負けじと言い返すと、今度は彼女も想定外だったのか、ほんのり顔を赤らめて「やめてよ」と呟いた。

こんな彼女の姿を、新鮮で、可愛くて、そして愛おしく感じる。
二人で手をつないだまま、玄関を出た。

バーまでは徒歩で数分。
とりとめのない話をしながら。
とりあえず、俺は彼女を逃さなかったことに、安堵した。


【敏腕営業マンの恋 完】
< 134 / 155 >

この作品をシェア

pagetop