残念御曹司の恋
エレベーターから降りてきた集団の中に「彼」を見つけて、私の心は躍った。
偶然でも、見かけられて嬉しいなんて、どれだけ好きなのだろうと自分でも呆れた。
でも、その踊った心は、すぐに冷たく凍り付く。
彼の隣を歩く、振袖姿の女性。
遠くからでも分かる、目鼻立ちがはっきりした美人だ。
そして、上品で凛とした出で立ちは、彼女がどこかの令嬢なのだと類推するには十分だった。
ここは、熊沢家御用達のホテルで。
彼女は、振袖を着ていて。
今日は、大安。
この条件から考えれば、答えは簡単に出る。
ほぼ間違いなく、お見合いだ。
二人はホテルのエントランスまで歩くと、そこで向き合い微笑み合う。
別れの挨拶をしているのだろう。
竣が冗談でも言ったのか、彼女が笑う。その弾けるような笑顔も、決して下品ではなく、気品すら溢れている。
いつもの仕事用のスーツではなく、少しだけドレッシーなものを身につけている竣も、いつもよりさらに高貴な印象だ。
二人並んで立つ姿は、私の目にはとてもお似合いのように見える。
美人で性格も家柄も素晴らしい女性。
彼に、まさにぴったりの相手。
やがて、女性が迎えの車に乗る。
見送った後、少し名残惜しそうにその場に立っている竣を見て、私は、今自分が目にしたことの意味を知る。
咄嗟に、思いついたことは二つだ。
まずは、絶対に竣に見つかってはいけない。
私は慌てて、紫里が居るであろうお手洗いに駆け込んだ。
そして、もう、一つは。
絶対に泣いてはいけない。
私には、おそらく泣く権利すらない。
気を緩めると溢れてきてしまいそうな涙を、必死に押し止める。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
ちょうど、目の前には今からお手洗いを出ようとしていた妹が立っていた。
必死の形相で駆け込んできた姉を、不思議そうな顔で見つめている。
「その日がついに来ちゃったみたい。」
私は不自然なくらいにっこり笑って妹に告げた。