残念御曹司の恋
彼女との関係が終わってから、しばらくは度々虚無感に襲われた。

仕事はいつも通り抜かりなくやっていたから、周囲の誰もその変化に気づくことはなかったけれども。

一度仕事を離れると、思い浮かぶのは司紗のことだけで。どれだけ思い出に浸っても、心の中はぽっかりと穴があいたままだった。

俺は、どんなに彼女のことを愛していたんだろうと思う。

と、同時に司紗以外の相手なら、誰と結婚しても同じだと思えた。
断るつもりだった縁談もそのままにして、もういっそのことこのまま身を固めてしまおうかとさえ思った。

そんな風に思い詰める日々を一ヶ月近く過ごして、少しだけ落ち着いてきたところだった。

「東陽銀行の頭取と会う予定だ。午後から本店に出向くから、お前も同席するように。」

社長を務める父から言われた一言に、胸が少しだけ弾んだ。

東陽銀行は司紗の勤める銀行で、うちの会社のメインバンクと提携する話が出ている。
司紗が本店の商品企画部で働いているのは知っていたが、今まで仕事で一度も行く機会はなかった。

ちょうどいい機会だ。
帰りに少しだけ時間を取って、司紗の顔を見に行こうと思った。

関係を解消したとはいえ、二度と会わないと約束した訳ではない。
そもそも、二人は高校の同級生なのだ。
会いに行く理由が全くないわけではない。

アメリカに赴任するのは春だと行っていたから、おそらくまだ日本にいるだろう。

少しだけ。
本当に少しだけ。
顔を見て、世間話をするだけ。

ただそれだけのつもりなのに、司紗に会えると思うだけで、俺の心は明るくなった。
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