残念御曹司の恋
会合を終えて、俺は司紗に会うため、父と秘書に別々に帰る旨を伝える。
「ここに勤めている知り合いに会うので、私はここで。」
「そうか。今夜は、矢島物産のお嬢さんに会うんだったな。」
「ええ。その予定ですが。」
縁談は明確に断りを入れなかったため、相手はこちらも乗り気だと判断したのだろう。
何度か食事の誘いがあった。
その度に仕事の予定が合わず断っていたのだが、今夜やっと会う約束をしていた。
「お前、結婚する気があるのか?」
珍しく父がそんな事を言い出した。
跡継ぎとして育てられたが、父はあまり俺に色々と押しつけるようなことはしなかった。プライベートに関して聞いてくることは滅多になかった。
「…ありますよ。私もいい年ですし。」
俺の答えが意外だったのか、父は不意に笑みを浮かべた。
「ふっ、無理にしなくてもいい。どうせ仕事漬けの人生だ。私生活くらい好きにしろ。」
実に父親らしい考え方だ。親族一同がみんなこんな考えなら、縁談を押しつけられることなんてないのだろうけど。
「ああ、好きにするよ。」
父のそれが、社長としてではなく、息子に向けての言葉だと理解した俺は、敬語を使わず答えた。
息子としての答えだ。
「お前が好きな女と結婚したいなら、止めないがな。」
父はそう言うとやってきたエレベーターに乗り込む。
扉が閉まる間際、軽く頭を下げながら、俺は苦笑していた。
親父には、隠しても無駄だったか。
どこまで気づいて居るのかは知らないが、業界随一の経営手腕を持つ人間の目は侮れない。
完全に閉まった扉を見つめながら、俺は一人ほくそ笑んだ。