残念御曹司の恋
「私、好きな人がいたんです。中学生の頃からずーっと。」

にこやかに話し始めた彼女だが、その瞳の奥は不安げに揺れていた。

「自由な恋愛なんて叶うはずないと思っていても、諦め切れなかった。お見合いの席でも、多分さっきの熊澤さんと同じように、ずっとその人のことを考えていました。」

さっき彼女が言っていた言葉の意味を理解する。
それと、同時に縁談がまとまらなかった理由も。

「でも、このままじゃいけないと思って、勇気を出してその人に告白してみたんです。」

その目は悲しげで、だけど、どこか晴れやかだった。

「結果は、駄目でした。本気にもしてもらえなかった。」

笑った彼女の目から涙が一粒こぼれる。
その涙を手で乱暴に拭うと、彼女は吹っ切れたように明るく言った。

「やるだけのことはやったから、後は前を向くだけ。そう思って、あなたとの縁談を受けました。」

世間知らずでわがままな社長令嬢。
彼女をそんな風に見ている大人たちは沢山いるだろう。
だけど、今目の前にいる女性は、ただ普通に恋をして、失恋して、傷付いて、それでも、懸命に幸せになろうとする平凡な女の子だ。
それに気が付いた時、自分が軽い気持ちで縁談を受けたことが申し訳なくなった。

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