残念御曹司の恋
「申し訳ありませんでした。」

俺が謝った意味が通じたのか、彼女は慌てて首を振った。

「謝らないで下さい。私も、何十回と今日のあなたと同じことを繰り返してきたので。」
「いえ、軽い気持ちで縁談を受けるべきではありませんでした。私は…あなたと結婚できるような男ではありません。」

そう告げると、彼女は笑顔で頷いた。

「はい。分かりました。」
「本当に、すみませんでした。」

頭を下げた俺に、彼女はやさしく問いかける。

「意中の女性には、思いを伝えたのですか?」
「いえ、まだ。」
「それは、いけません。例え、叶わなかったとしても、伝えないままでは、先へは進めません。」

不思議と説得力のある言葉だった。
一刻も早く伝えなければ、と思った。
たとえ、司紗に拒絶されたとしても、ただ黙って彼女が離れていくのを見ているよりも、ずっと意味のあることだ。

そう思ったら、急にそわそわした気分になり、俺はたまらず慌てて席を立った。

「すみません。大変失礼ですが、今日はこれで…」

とてつもなく失礼な挨拶をした俺を見て、矢島実咲はまた笑って、「いいですよ」と頷いた。
俺はぺこりと頭を下げると、会計をしてから足早に店を出た。
< 32 / 155 >

この作品をシェア

pagetop