残念御曹司の恋
「分かりました。出るかは分かりませんが、今、あの子に連絡してみます。」

母が折れた瞬間、私は勢いよくリビングのドアを開いていた。

「もう、姉のことは放っておいてください!」

たまらず、そう叫んで男の顔を睨む。

あなたを忘れて、新しい一歩を踏み出す姉をどうか邪魔しないで。
この時、私の頭にはただそれしかなかった。

突然飛び出した私に、母は驚いて目を見開いていた。


対して、男は冷静な笑み浮かべて、静かにつぶやいた。

「やっぱり、聞いてたんだね。」

咄嗟に、「まずい」と思った。
男の狙い通りの行動を取ってしまったことに気付く。

「あの…えっと…」

うっすらと冷や汗が背中を伝う私に対して、男は優しく説得するように語りかけてきた。

「お姉さんが無理なら、ぜひ君に話を聞いてほしい…紫里ちゃん。」

どうやら、私に狙いを定めたようだ。
私は男の顔をゆっくり見つめる。

よく見れば、必死に縋り付くような瞳と、僅かに震える唇。
それは、決して余裕のある大人の男が見せるものではない。

それに気づいたとき、私の口は自然と動いていた。

「分かりました。私でよければ。」

彼の目を見て、そう答えていた。

『例え、彼が訪ねて来たとしても、何も話してはダメよ。』

思えば、姉との約束を破るのはこれが初めてかも知れない。
そんなことが頭を過ぎった。
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