残念御曹司の恋
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
コーヒーカップと、オレンジジュースが入ったグラスを、テーブルにコトリと置くと、熊澤さんは私の向かい側に座った。
ドリンクバーでの慣れた手付きに驚いて、私はつい口に出してしまっていた。
「ファミレスとか、来るんですね。」
「ああ、よく来るよ。」
「意外です。もっと高級なお店にしか行かないのかと。」
「そんなことないよ。牛丼屋にも、ファーストフードにも普通に行く。仕事柄、時間がないことも多くてね。」
私がさらに驚いた顔をしたのが、面白かったのか彼は表情を崩した。
話が母に聞かせられないような内容になることを想定して、場所を近所のファミレスに移した。
母は私に任せるのを心配したが(日頃の行いの正当な評価だろう)、姉妹の仲の良さだけは定評があったので、それで何とか押し切った。
「御曹司と言われてても、ごく普通の人間だよ。しかも、経営者としてはまだ半人前以下だしね。」
確かに、彼は一見すると姉と同い年の普通の青年で、同じく同い年の修司と並んだら友達のように見えるかも知れない。
でも、纏っている空気は普通ではなかった。彼はやはり「本物」だ。
「あと、イケメン御曹司じゃなくてごめんね。」
そうおどけた彼の言葉から、私はあることを察する。
「…私のこと、いろいろとご存じなんですね。」
「もちろん。司紗がよく話してくれたから。よく知ってる。コンビニでバイトしてることも、小説を書いてることも、年上の彼氏がいることも、得意料理が餃子…」
「ちょっ…!」
驚くのと同時に、恥ずかしくなり慌てて彼を制止した。
彼はくすりと、笑う。
「君は、可愛くて自慢の妹だそうだ。俺は兄弟がいないから、いつもうらやましかった。」
「そんなことないです。姉は確かにかわいがってくれてますけど。」