残念御曹司の恋
展示場からも近く、明るい雰囲気で、ランチメニューも充実しているこのカフェは、土日はとても混雑している。

しかし、今日は平日で、時間はまだ11時過ぎ。
広めの店内に、客はまばらだ。
奥のテーブルに、簡単に待ち合わせの相手を見つけた。

おそらく少し前から来て仕事をしていたのだろう。
コーヒーが置かれたテーブルに、広げられた住宅の間取り図。谷口さんはそこに熱心に何かを書き込んでいた。

「お待たせしました。」

テーブルの前まで来て声を掛けると、ようやく彼は顔を上げた。

「ああ、もうそんな時間か。ごめん、片付けるよ。」

書類を片付けると、「俺はもう、決まってるから」とランチメニューを私に差し出す。
注文を終えると、私は真っ直ぐに彼を見た。

「そんな恐い顔しないでよ。」
「回りくどいことを言いたくないので、失礼なのを承知で、はっきりと言いますね。」
「どうぞ。」
「私は今、恋愛をするつもりはありません。もし、谷口さんがそのつもりでお誘いいただいているなら、今後はお断りします。」

強い口調で言ったものの、相手は驚きもせず、怒りもせず、悲しそうな顔もしなかった。

「そこまではっきり言われると、逆に燃えるよね。」

むしろ、楽しそうな挑戦的な表情だ。
これは、困った。

「本当に、ごめんなさい。」

もう一度お願いした時、ランチのサラダが運ばれてきた。

「とりあえずさ。」

フォークを渡されて、食べ始めるよう促される。

「ダメな理由くらい聞かせてよ。」

彼の自信に満ちた視線が私を捉える。
強引な語り口と、柔らかい笑顔。
どちらも彼の商売道具なのだろう。

「ランチの時間はたっぷりあるからさ。」

優秀な営業マンにとっては、私の失恋話を聞きだすのなんて、きっと‘’昼飯前‘’なのだろう。
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