彼があたしを抱くとき

「俺、初めてだったんだ」
岸谷さんの声もボソボソしたものだった。

FM放送が六時を告げる。

パーソナリティーがメッセージを読み上げ、
軽快なリズムと一緒にアーティストが澄んだ高い声で歌いだす。

なじみのあるメロディーの底に心が沈んでいく。

J-POPと同じような恋人たちが、
学校の中で量産されては消えていく。

フリーの女の子は、うらやましそうに、
並んで歩く二人をながめていた。

あたしは、そんな連中を軽蔑していた。

「安易な恋愛なんて無意味よ」、そうクラスメイトの前で宣言した自分が、
いったい岸谷さんに何を言えばいいのかわからなかった。


< 67 / 363 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop