彼があたしを抱くとき
「俺、初めてだったんだ」
岸谷さんの声もボソボソしたものだった。
FM放送が六時を告げる。
パーソナリティーがメッセージを読み上げ、
軽快なリズムと一緒にアーティストが澄んだ高い声で歌いだす。
なじみのあるメロディーの底に心が沈んでいく。
J-POPと同じような恋人たちが、
学校の中で量産されては消えていく。
フリーの女の子は、うらやましそうに、
並んで歩く二人をながめていた。
あたしは、そんな連中を軽蔑していた。
「安易な恋愛なんて無意味よ」、そうクラスメイトの前で宣言した自分が、
いったい岸谷さんに何を言えばいいのかわからなかった。