彼があたしを抱くとき

言葉を濁して、岸谷はコートをハンガーにかけ、
黙りこくってすわった。

あたしが次の言葉を探しはじめた時、窓の下で自転車が止まる音がして、松岡さんが、

「おーい、だれかいたら、あけてくれ」と、大きな声を出した。

松岡さんの声には特徴があった。

「寒くなるから、ストーブを持ってきた」

「そりゃいいね」

段ボール箱を受けとる岸谷の顔が気のせいか、解放感にみちているようだ。


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