彼があたしを抱くとき
「抱いて下さい」
土曜の午後も三時を過ぎると、校舎内に人影は少なくなる。
体育館でバレーボールを練習するかけ声が尾をひき、どこか哀調をおびていた。
あたしは岸谷にむかって、りんとした声でいいきった。
「ここに退部届けがあります。来週から部はやめます。だから、今日、抱いて下さい」
いつも無表情に沈黙してしまう岸谷が、今日はよりいっそうかたい沈黙を守った。
彼の中で、釈然としないものの量がふえればふえるほど、
表情はなくなる。
彼は迷っていた。