揺れる、黒。
うん、と頷いたけれど、正直なところ、景色なんて目に入らなかったんだ。
「……きれいだね」
真っ赤な真っ赤な、夕陽。
それを背景に、そこにたたずむ、北原さんが。
すごく――。
「……北原さん、あのさ」
呼び止めると、北原さんが振り向いた。
その瞳と、僕の目が合う。
とっさにそらした視線の先、彼女の口元に、黒が一筋。
「……髪、食べちゃだめだよ」
風に煽られた北原さんの髪が、唇のリップクリームについていた。
北原さんは「ありゃりゃ」と言いながら、髪を払う。
さっき言いかけたことを、とっさに飲み込んで。
それでもその言葉は外に出ようと、僕の喉元で暴れまわる。
夏の夕暮れの、涼しい風が吹いた。
北原さんの短い髪が、揺れた。