極甘上司に愛されてます
自分に向けられた“好き”の二文字。
――それをこんなにも無意味に感じる日が来るなんて。
返す言葉が見つからずに立ち尽くしていると、留美が靴のヒールをコツコツと鳴らして俺の脇をすり抜けて行く。
その瞬間にふわりと鼻をかすめた香りに後ろ髪を引かれ、俺は彼女の背中を呼び止めた。
『本当に……もう、無理なのか、俺たち』
俺に背を向けたままで立ち止まった留美は、小さく息を吸うと顔だけ振り向いて言った。
『……私の枷(かせ)にはなりたくないでしょう?』
その一言で、俺はこの関係が修復不可能であることをやっと理解した。
留美は、俺の幸せがどうのと思い悩んで仕事に支障が出ることを危惧しているのだ。
そして、そんなことで悩むくらいなら、恋愛を捨てて仕事に生きる方がマシだと思っている。
留美の生き方を一番そばで肯定したかった俺だったけど……
今やその道を邪魔する、彼女の枷になってしまったということか――。
『……わかった。でも、留美の夢はずっと……応援してる』
『ありがとう……。ごめんね、透吾』
五年も付き合ったのに、そんな風に呆気なく寂しい別れとなった、俺と留美。
けれど、俺との結婚より夢を追うことを取った彼女を恨んではいない。
そもそもそうやって、恋と仕事とのバランスが上手く取れずにいた留美の不器用さと、その裏側にある揺らぐことない夢への信念に惹かれたのだから。
――でも。
できることなら、彼女が夢を叶えた時に、一番そばにいたかった。
恋をしない方が夢への近道だったかもしれないけれど。
夢を叶えた時の喜びは、一人より二人の方が、きっと大きくなっただろうと思うから――。