極甘上司に愛されてます
それから北見との距離は少しずつ縮んでいて――というか、俺の方がどうにもアイツに構いたくなる気持ちを抑えられずに、勝手に距離を詰めている。
今だって、夜のオフィスに二人きり。北見は傷心中。お互い酒も入ってる。
……俺がどれだけ自制してることか。
ちら、と北見のいるデスクの方へ視線を投げる。
背中を丸めてペンを握り、必死で何かの作業中――と思いきや。
「……寝てんのか?」
規則的に上下する背中の動きを見て、俺は思わず立ち上がって彼女のデスクの方へ近づいていく。
すると予想通り安らかな寝息が聞こえて、俺は気が抜けたような気がしてこう呟く。
「電池切れ、か……」
妹に強引に連れ出された合コンに、いきなり職場の上司が現れるわ、彼氏の浮気現場を目撃するわ。
挙句上司から理由のわからないキスまでされたんじゃ、疲れるのも無理はない。
俺は彼女の椅子の背にかかったひざ掛けを広げて、肩を覆うようにそっとかけてやった。
すると、その感触で眠りが浅くなったのか、机に突っ伏したままでもぞもぞと動いた北見の顔が横を向き、かすかな声で寝言を言った。
「……わ、たべ、くん…………」
その声のあと、彼女の睫毛がじわじわと濡れてきて、次第に大きくなった涙の雫が、スッとこぼれ落ちた。
“泣くのは、特集記事が終わってからにします”
――なんて言ってたのは、やっぱり強がりだったんだろうな。
……本当に、不器用なヤツ。
「……見なかったことにしてやるよ」
俺は指の腹でそっと彼女の涙を拭うと、オフィスの扉の方へ向かう。
無防備に眠っている北見と同じ部屋で眠れるわけがないし、弱りきった今のあいつに迫るのは、なにか卑怯な気がするから、手を出すわけにはいかない。
……なんて、キスしたやつの言うことでもないけどな。
「……これは、朝まで仕事コースだな」
俺は誰もいない廊下でそうひとりごちると、コーヒーを入れるために給湯室へ向かった。