極甘上司に愛されてます


「……だったら。俺が現実だってそんなに悪くないってこと、見せてやるよ」


うつむいていた私の元に、ゆっくり歩み寄ってきた編集長が言う。

今の私には危険すぎる優しい言葉。
振り払いたいのに、耳にこびりついて離れない。


「悪くない、現実……?」

「ああ。……だから行こう」


差しのべられた大きな手をつかむかどうか、揺れたのは、ほんの少しの間。

……この人を信じてみたい。心の奥から湧きあがった素直な気持ちが、私の手を彼のそれに重ねさせた。


特大の傘みたいな大きな丸い骨組みに沿って、放射状に広がる七色の光。

それを真上に見ながら、私たちは列に並んだ。

昼間より家族連れの数は減って、周りはカップルばかり。

親密そうな彼らの雰囲気にのまれてドキドキしつつ、十分ほど待って私と編集長は無事に小さな箱に乗ることができた。

ガチャン、と係員が扉の鍵を締めると同時に、訪れる緊張。

隣り合って座られるのも困るけど、向かい合わせに座った今の微妙な距離感がまた気まずくて……


「北見」

「は、はいっ!」

「……お前、身構えすぎ。もうちょっと肩の力抜けって」

「そう言われましても……」


ごにょごにょと呟く私に、編集長が呆れたようにため息をつく。

だって、無理ですって……この空間で、何も意識するなという方が難しい。


「……じゃあ、言うけど」



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