極甘上司に愛されてます


一瞬ホッとするけれど、“専務の方は”――という言葉が気にかからないわけがない。

編集長はなんで菊治さんの病室に行かないで、こんなところにいるの……?

何か言いたげな私の視線に気づいた彼は、重たい口を開く。


「……お前、俺の代わりに、菊爺についててやってくれないか?」


私が、代わりに……?


「それは、いいですけど……でも、どうして……?」

「……どんな顔していいかわからねぇんだ。……もう、体半分動かないなんて聞かされたら」

「動、かない……?」


どくん、と脈が大きく波打つ。

あんなに元気だった菊治さんが、そんな……嘘でしょう?


「頸椎をやられて、左半身にどうしても麻痺が残るんだそうだ。リハビリによっては、なんとか歩けるまでには回復するらしいが……」


……その後の言葉を継がない編集長だけれど、彼の言いたいことはなんとなくわかった。

毎週自転車に乗って、たくさんの家庭に新聞を届けるのが菊治さんの仕事。

……それがきっと、もう二度とできない。

“あと二十年はお前んとこの新聞配ってやる”――って、息巻いていたのに。

編集長と喧嘩しながら働いている菊治さんは、いつも生き生きと楽しそうだったのに。


「……悪い。こんなこと言ったら、お前も見舞いづらいよな。でも、俺が行くよりは、菊爺も変な意地張らなくて済むと思うんだ」

「……わかりました」


私も、どんな顔をして、なんて言葉を掛けたらいいのかわからない。

だけど、一人にはさせておけない。
何より、菊治さんの顔が見たい。

編集長とは佐藤さんからの伝言を伝えて、正面玄関のところで別れた。

菊治さんのことも心配だけれど、編集長も精神的にかなり参っているみたい……

私に、何かしてあげられることはないのかな……


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