極甘上司に愛されてます
教えられた病室の前まで来ると、緊張で足がすくみそうになったけれど、すぐに自分を奮い立たせて扉をノックした。
すると、中から「はい」と短い返事が聞こえて、私は極力不安な顔をしないように注意しながら、部屋に入って行った。
「菊治さん、お加減はどうですか……?」
私はベッドに仰向けになり天井を見つめる彼に近付いていき、静かに声を掛けた。
「……おお、北見さんが来てくれるとは。……心配かけてすまなかったね」
麻痺があるからなのか、口元を歪めて話す菊治さんの声は聞き取りづらい。
けれど、私を見つめてくしゃりと皺の寄った目元がいつもの彼と同じで、私はそれだけで泣きそうになってしまった。
「よかった……ちゃんと、お顔、見るまで、すごく不安だったんです……会社の状態が、あんなだったから……」
「……おいおい。いくら俺が老いぼれだからって、まさか死んだと思ったのか?」
「そんな縁起でもないこと、思ってません……!」
強い口調で否定すると、そのはずみで涙声になってしまった。
彼から目を逸らして鼻を啜る私に、菊治さんは優しげな声で言う。
「ありがとう。北見さんは優しい子だな」
「……心配してるのは、私だけじゃないです。会社のみんな……編集長も、すごく心配してて……」
「……なら、どうして透吾はここに来てないんだ?」
「あ、あの……それは……」
仕事のことで社に戻らなければいけなくて……と言おうとして、口ごもる。
嘘ではないけれど、それを言ったところで、菊治さんには本当の理由が見透かされそうで――