極甘上司に愛されてます
「……アイツのことだ。おおかた俺の弱った姿見る自信がなくて、尻尾巻いて逃げたんだろ」
元気な時と同じように、編集長に対してだけは意地悪な口調になる彼は、そう言ってため息を吐き出す。
すごい……おおむね、というか丸々当たってる。私が言うまでもなかった。
驚いて目を丸くする私に、菊治さんは得意げに言った。
「透吾は息子みたいなもんだからな。だいたいアイツの考えてることはわかる」
「息子……ですか」
「ああ。アイツはちょっと可哀想な家庭で育ったもんだから、よく俺んちに来てたんだ」
可哀想な家庭……?
少し引っかかったけれど、その言葉がそれ以上掘り下げられることはなく……
あまりたくさん喋らせてしまうと体に障るような気がして、私からも聞くことはなかった。
けれど、話し相手がいることが嬉しいのか、それから菊治さんは、“悪ガキ時代”の編集長との思い出を、たどたどしい口調で懐かしそうに語った。
私はベッドの傍らに座って、その昔話に耳を傾けていたけれど。
「そういえば、あの綺麗な彼女は気の毒だったな……」
あるとき、思い出したようにそう口にした菊治さん。
「綺麗な、彼女……」
思い当たる人物が一人いる。
……きっと、留美さんのことじゃないかな。
編集長と彼女との別れ方には少し気になるところがあった。
もしかして、菊治さんは何か知っているのかな……
「気の毒、というのは……?」
「……ああ、それはな。彼女は結婚しても仕事を続けたいと言ったのに、透吾の両親がそれを許さなかったんだそうだ。……専業主婦になれ、の一点張りだったと」
専業主婦に……? いったいどうして。