極甘上司に愛されてます
乗っていた時間はおそらく十分もなかったと思うけれど、公園の前でバイクを降りたときの私は魂が抜けたようにふらふらだった。
「お、送っていただいてありがとうございます……」
言いながらヘルメットを返した先の彼は、苦笑しながらそれを受け取る。
「……そこまで苦手だったか。無理やり乗せてきて悪かったな」
「い、いえ。……たぶん、今なら市のはずれにあるオートレース場の記事、臨場感たっぷりに書ける気がします……」
負け惜しみのように言った私に、ふっと息を漏らして編集長が笑う。
「さすがウチの記者、いい心がけだ。じゃあ明日からも頼むな」
「……はい、お疲れ様でした」
「じゃあな」
ブロロロ、という音が遠ざかって、さっきまでしがみついてた広い背中が小さくなっていく。
……いい人だな、編集長って。部下から慕われてる理由がよくわかる。
まだ入社して二年目のひよっこな私に、ここまでしてくれるなんて。
明日は朝から精力的に働いて、小林先生の所に行く時間を作って、羊羹を買いに行って……
明日の出勤後のプランを頭の中で組み立てながら、アパートの階段を上がる。
そして自分の部屋のある三階に着くと、通路の前に佇む一人の男性がいた。
「……渡部、くん?」
私の呟いた声に反応して、こちらを振り向いたダークブラウンの髪。
くりっとした目が私を捉えて、その表情がふっと緩んだのを見たとたん、ドキンと胸が鳴った。
恋と仕事……両方、うまくやる。できるかな、私に。
そう思いながらも、彼の姿を見たら頭の中に増えて行くのはお花畑。
気がついたときにはもう、私は早足で彼の元へ向かっていた。