極甘上司に愛されてます
「……渡部くんさ。和田さんと付き合ってるんでしょう?」
「和田……? あ、夏子ちゃん? いや、全然、あの子はただの後輩で……」
しらばっくれる仕草も、感心するくらいに名演技。
そうやって上手くごまかそうとするたびに、私の中に“軽蔑”の二文字が降り積もっていくのを、いっそ見せてあげたい。
「もういいよ……嘘つかないで?」
「嘘じゃないって。なあ、とりあえず部屋に入れてくれない?」
「そんなことする意味ないよ。……もう、別れるんだから」
「だから、夏子ちゃんのことは何かの誤解だって。とにかく、俺疲れてるから上がらせてよ」
渡部くんはそう言うと、玄関を塞ぐように立っていた私の身体をぐいと押して、無理矢理部屋に上がろうとする。
……ホント、私のこと、何だと思ってるんだろう。
疲れてるなら自分の家に帰ればいいじゃない。それか、和田さんの所にでも行ってよ……
「これ以上……」
目頭から何かこみ上げそうになって、それを我慢しながら口を開いたら、声が震えてしまった。
靴を脱ぎかけていた渡部くんがこちらを振り返り、私の肩をつかんで自分の方を向かせる。
「亜子……?」
「これ以上……幻滅させないでよ……っ。一度は好きになった人のこと……悪く思いたくないよ……!」
和田さんとの浮気現場を目撃したとき……私は彼の前に出て行って、罵ったり、引っぱたいたりすることができなかった。
……だって、好きな人だったんだもん。
最低なことをされたのはわかってる。
でも、それを口に出して彼にぶつけたら、自分に跳ね返ってくる痛みの方が怖かったのだ。
こんな最低男を今まで本気で好きだったんだ、とか。
それまで過ごしてきた楽しい時間は、いつから嘘だったんだろう、とか。
確かに自分の中にあった恋心を、なかったことにはできないから、彼を非難すればするほどむなしさだけが残る気がして。
だから、言葉は胸の奥に押し込めたんだ――。