極甘上司に愛されてます
「……じゃあ、この子のことも……?」
「もちろん認めるよ。いや、認めるなんて言い方はよくないな。……晴香と一緒に育てたいと思うんだけど、いいかな?」
彼の言葉に、瞳いっぱいに涙をためた晴香がウンウンと何度も頷く。
小林風人といえば、ワケのわからない絵を描く、女好きの芸術家。
どうやらその認識(偏見ともいうが)を、改めなきゃならないみたいだな。
「……よかったな、お二人さん。じゃあ俺はこの辺で失礼する」
「あ、待って……! あの、私、なんてお礼を言ったらいいか……」
「礼? ……そうだな、じゃあその子が元気に産まれたら、顔見せに来てくれ」
「……そんなことじゃ、全然……!」
「別に気にすんな」と言って二人に背を向け、数歩歩いたところでがしっと腕をつかまれる。
振り向くと頼りなく眉毛を下げている晴香が、すまなそうに言う。
「北見さんにも……謝っておいてほしい。私、このアトリエであの子の名刺を見たことがあって、だから余計に意地悪なことをしてしまったの」
……アイツの名刺?
そうか、例の写真の件で謝罪だのなんだのと、何度かここに足を運んでいたから、名刺の一枚くらいあっても不思議はない。
“北見亜子”の名を聞いて、急に春香の態度が変わったのはそのせいだったのか。
俺は微笑みながら頷き、晴香に言った。
「わかった、伝えておく」
そうして幸せそうな二人を背にアトリエを去る途中、俺は何気なくズボンのポケットに触れ、会社に忘れ物をしたことに気づく。
……家の鍵が入ってない。
くそ……専務の目を気にして、物を置いたりしまったりする場所を変えたせいだな……いや、日ごろから自分がちゃんと整理していないせいか。
最近、どうにも色々なことをあの人に責任転嫁したくなるのは、悪い傾向だな。
そんな自分を反省しつつ、再びバスに乗ると俺は会社に戻った。