極甘上司に愛されてます
そんなとき、ビルから出てきたのは、ネクタイを締めたシャツの上から黒レザーのライダースジャケットを羽織り取材用のバッグを抱えた編集長。
朝早くからどこへ行くんだろう。
服装を見る限り、またあの恐ろしい乗り物に跨る気なんだろうけど。
「俺は菊治だと何回言ったらわかるんだ! 爺と呼ぶな爺と」
「今日も自転車の運転にはくれぐれも気をつけろよ? 菊じぃもう若くねーんだから」
「最近の六十代をなめるな。あと二十年はお前んとこの新聞配ってやる」
「はは、元気な年寄りだな。あ、北見」
こんな風に二人が喧嘩するのはいつものこと。
それを微笑ましく思いながら傍観していたら、急に名前を呼ばれて我に返った。
「今日は遅くまで戻んねーから、責任者は佐藤でよろしく」
「あ、はい。……取材、遠いんですか?」
「遠いっつーか終わりが見えねぇっつーか……まぁそういうわけだから」
そういうわけって……全然わかりませんけど。今日の責任者が佐藤さんってことだけしか。
手をひらひらとさせて駐輪場の方へ向かう編集長の背中をにらんでいると、傍らで菊治さんが疲れたようにため息を吐き出した。
「……全く、透吾のヤツは昔から変わらん」
「菊治さんのおうち、編集長のご実家と近所なんでしたっけ」
「ああ。毎年ウチの庭の柿の木に勝手に上って実をもぎに来るわ、塀に落書きはするわ、本当に悪ガキだったんだアイツは」
……なんか、ちょっと想像できる。
編集長って仕事はできるし見た目ももちろん大人ではあるけど、今みたいに適当なこと言い残して職場抜けちゃうところとか、楽しそうにバイク乗るところとかは、いまだに悪ガキ感が残ってる気がするもん。